自己紹介
はじめまして。
いきなりですが、自己紹介をさせてください。
~高校時代の進路選択~
私は、高校生の進路選択で、自分がアスペルガーの傾向があることに気が付かずに、ただ「食べるのに困らなさそうだから」という理由で、看護師の学校に行くことを選択しました。
そして、お金はかかるけれど名前を書けば誰でも入れるような看護学校に行きました。
~看護学校~
看護師は、コミュニケーションが物をいうお仕事です。
患者さんを理解し、寄り添う必要があります。アスペルガーの傾向がある人にとっては、とても難しいことを要求されます。
病院実習では、患者さんをわかっていない、寄り添えていないという評価をされて、単位を落としました。
そして、アスペルガーの疑いがあるということで、病院に行くことを勧められました。
そこで、アスペルガーの傾向がある、というぼんやりとした診断をされました。
しかし、その時の私の看護師のイメージは「医療行為をする人」だったため、アスペルガーの傾向があるからといって看護師になることが難しいことだとは思いませんでした。
向いていない、と気が付いた時には私は看護学校の3年生になっていました。ここでやめて就職はどうするのかと考えると、向いていなくても学校をやめることはできませんでした。
そこで、推測力と状況判断力を鍛えました。今の状況はこうで、相手はこういう表情をしているから、自分の取る対応はどうするべきか、等、人と接するときは常に考え、時にはこう思ってるんじゃないかと思う、等とやり取りの記録を書いて、看護学校の先生にみてもらい、コミュニケーションを分析してもらいました。
健常者の人は考えずに感じることを頭で考えなければ答えが出せないので、とてもハードに訓練しましたし、疲れました。訓練に付き合ってくれた友人や先生にはとても感謝しています。
一年留年しましたが、なんとか食らいついて卒業し、看護師免許と保健師免許をとれました。
~看護師として病院で働く~
私でも雇ってくれるという病院があり、ありがたく働かせていただけることになりました。
しかし、10か月でやめました。
働きたい気持ちはあったのですが、コミュニケーションをとることに気を使いすぎて身体に拒否反応がでました。
常に眠気に襲われ、特に患者さんを前にすると目を開けていられませんでした。
このままでは患者さんが危ないと思い、とりあえずは3か月休職させてもらいましたが、それでも治らず、退職することになりました。
~療養~
療養期間の初期は、一日24時間のうち、20時間ほどは眠っていました。
ご飯とお風呂、トイレ以外の活動が全くできませんでした。
活動時間が伸びてきたころに就労移行支援に通うようになり、日中起きて、まわりに人がいる状況で活動を行う訓練をしました。
~障害者枠での就活~
ありがたいことに、大きな企業の人事の方に気に入っていただき、病院退職後一年ほどで経理のお仕事をさせていただけることになりました。
今この記事を書いている時点で、経理のお仕事をして3年目になります。
次の記事で、現状の整理と、どうなりたいかについて。
そのまた次の記事で、なりたい自分になるために具体的にとろうとしてる方法について書こうと思っています。
よろしくお願いします。